運転手が「発作で覚えていない」と言っている事故。被害者は泣き寝入りなのか――三宮の暴走事故を入口に、体調急変による事故の賠償と刑事責任を整理します
2026/10/27
2026年10月1日の午後3時半ごろ、神戸・三宮のフラワーロード。赤信号で止まっていた車が急発進し、横断歩道を渡っていた歩行者4人をはね、21歳の大学生が亡くなりました。報道によれば、同乗者は「信号待ちの間に運転者の体が震え、動き出してから加速した」と話し、現場にブレーキ痕はなかったとのことです。10月15日、運転していた58歳の男性が過失運転致死傷の疑いで逮捕されましたが、「覚えていないので、なぜ事故を起こしたのか分からない」と供述していると報じられています。
姫路の相談室でも、形は違っても同じ質問を受けることがあります。「相手は意識がなかったと言っている。それなら、こちらは誰にも請求できないのですか」。
答えを先に言うと、そうではありません。この記事では、被害者とそのご家族の側に立って、体調急変による事故の賠償と刑事責任を整理します。
「意識がなかった」と言われたら、賠償はあきらめるしかないのか
民法には、心神喪失、つまり自分の行為の責任を判断できない状態で他人に損害を与えた人は賠償責任を負わない、という条文があります(民法713条)。運転中に意識を失った人はこれに当たりそうに見えるので、被害者側が不安になるのも無理はありません。
ただ、この条文にはただし書きがあります。自分の故意や過失でその状態を一時的に招いた場合には、責任を免れません。持病の発作が以前にもあった、医師から運転を控えるよう言われていた、薬をきちんと飲んでいなかった、運転前から体調が悪かったのに運転を続けた。こうした事情があれば、意識を失う前の段階に過失があったと評価されます。
そして、人身事故ではもう一つ別の法律が働きます。自動車損害賠償保障法(自賠法)3条です。車を運行する立場の人(運行供用者)は、人の生命・身体を害したときは、原則として賠償責任を負い、免れるには「自分も運転者も注意を怠らなかったこと」「被害者か第三者に故意・過失があったこと」「車に欠陥がなかったこと」の3つをすべて証明しなければなりません。運転者の体調は、車の「内側」の事情です。裁判例でも、運転者の意識喪失は自賠法3条の免責理由にならないとしたものや、民法713条はそもそも運行供用者責任には適用されないとしたもの(東京地裁平成25年3月7日判決)があります。
つまり、「覚えていない」「意識がなかった」という言葉は、刑事手続では意味を持つ場面があっても、人身損害の賠償を消す言葉ではありません。
運行供用者は運転者本人に限りません。車が会社名義なら会社が、家族名義なら名義人が、運行供用者として責任を問われることがあります。相手が誰なのかは、車検証と任意保険の契約内容で確かめます。
お金はどこから出るのか。自賠責、任意保険、そして自分の保険
相手が賠償責任を負うなら、まず自賠責保険から支払われます。自賠責保険の限度額は、死亡で3,000万円、傷害で120万円、後遺障害で等級に応じて最高4,000万円です。自賠責保険には被害者が直接請求できる仕組み(被害者請求)があるので、加害者側が入院中で動けない、連絡がつかない、といった場面でも手続は進められます。
自賠責の限度額を超える部分は、相手の任意保険(対人賠償保険)に請求します。ここで一つ注意があります。任意保険は「運転者に法律上の賠償責任があること」を前提に支払われる保険なので、保険会社が「運転者は意識がなく責任がない」という立場をとると、支払いを渋られることがあります。相手の保険会社が「責任なし」を主張してきても、自賠法3条の免責要件を相手が証明できなければ、賠償責任は認められます。そのまま受け入れず、免責の3要件を証明できるのか、相手に問い返すのが筋です。
見落とされがちなのが、被害者側の保険です。ご本人やご家族の自動車保険に人身傷害保険が付いていて、契約が「歩行中・自転車乗車中の事故も対象」になっていれば、相手との交渉を待たずに、自分の保険会社から治療費や休業損害、死亡・後遺障害の保険金を受け取れます。歩いていてはねられた方は、自分が自動車保険を使えるとは思っていないことが多いので、まず保険証券を確かめてください。
刑事責任はどう問われるか。過失運転致死傷と危険運転致死傷の分かれ目
三宮の事故で逮捕の罪名となった過失運転致死傷罪は、法定刑が7年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金です(自動車運転処罰法5条)。
これとは別に、同じ法律の3条2項には、病気を原因とする危険運転致死傷罪があります。てんかん、再発性の失神、低血糖症、そう鬱病、重度の眠気を伴う睡眠障害、統合失調症など政令で定める病気の影響で「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」と分かっていながら運転し、その病気のために正常な運転が困難になって人を死傷させると、危険運転致死傷罪になり、死亡させた場合は15年以下の拘禁刑です。自分の病気を知らなかった、初めての発作だった、という場合は過失運転致死傷の枠で、予兆や診断を知りながら運転していた場合は危険運転致死傷が視野に入る。おおまかに言えばこの区分です。
だから捜査では、運転者の通院歴、処方薬、過去の発作、運転免許の取得・更新時に提出する質問票(一定の病気の有無を申告する書面)の記載などが丁寧に調べられます。予兆があったのに運転したのかどうかが、刑事でも民事でも分かれ目になります。この捜査で集まった資料は、あとで被害者側が民事の請求をするときにも、過失を立証する材料になります。
反対に、本当に予兆のない初めての発作だったと認められれば、刑事では不起訴になることもあります。それでも、前に書いたとおり、人身損害の賠償責任は別の話です。刑事の結論が賠償の結論ではない、という点は覚えておいてください。
姫路で被害に遭ったとき、最初の1か月にしておきたいこと
姫路でこの種の事故が起きれば、捜査は現場を管轄する警察署(大手前通りや姫路駅周辺なら姫路警察署、高砂市内なら高砂警察署など)が行い、起訴されれば神戸地裁姫路支部で刑事裁判が開かれます。損害賠償の訴訟も、多くは同じ姫路支部です。
被害者側が早いうちに手を打つべきことが三つあります。
一つ目は証拠の確保です。相手の車にドライブレコーダーがなくても、周囲の車の映像や店舗の防犯カメラ、事故直後の目撃者の連絡先は、日がたつほど手に入らなくなります。三宮の事故でも、報道によれば運転者の車にドライブレコーダーはなく、同乗者の供述が経緯を知る手がかりになっています。警察に「実況見分調書」が作られますが、これは刑事手続が進んでからでないと見られないことが多いので、自分たちでも集められるものは集めておきます。
二つ目は、保険への連絡です。相手の自賠責への被害者請求、自分の人身傷害保険の確認、通勤・業務中なら労災の申請。どれも期限や手順があり、順番を間違えると受け取れる額が変わることがあります。
三つ目は、相手側との接し方です。相手の家族や会社が謝罪に来ることがありますが、その場で示談の話や、金額の話に応じる必要はありません。刑事手続が進み、相手側の病気や予兆の有無がはっきりしてから、賠償の話を進めたほうが、被害者側に不利な前提で固まることを避けられます。
死亡事故では、相続人の確定、葬儀費用、死亡慰謝料、逸失利益の計算が加わります。詳しくは死亡事故の特集ページにまとめています。
私見ですが
「覚えていない」という供述は、被害者やご遺族にとって、いちばん聞きたくない言葉の一つだと思います。謝罪も説明もないまま、責任の所在だけが宙に浮いたように感じられるからです。
ただ、私はこの言葉を、法律上はそれほど重いものだとは考えていません。自賠法3条は、まさにこういう場面のために、被害者ではなく運転する側に証明の負担を負わせています。被害者側がすべきことは、相手の言葉に揺さぶられることではなく、相手が免責の3要件を証明できるのかを、落ち着いて問い続けることです。
もう一つ。相談でよくあるのは、「相手も病気で気の毒だから」と請求をためらうご遺族です。そのお気持ちは尊いものですが、賠償は懲らしめではなく、失われた生活を支えるための制度です。請求することと、相手を責めることは別だと、私は思っています。
体調急変が原因と言われている事故で、相手の保険会社から「責任がない」「様子を見てほしい」と言われている方、死亡事故や重傷事故で何から手をつければよいか分からない方は、早めにご相談ください。交通事故のご相談は無料で、お電話(050-1792-6849、受付は平日9:00〜19:00)は時間外も24時間受け付けています。時間外は自動応答でご用件を伺い、お受けできる場合に翌営業日に折り返します。無料相談のご案内もご覧ください。
関連ページ:死亡事故/歩行者の事故/慰謝料/交通事故のご相談
参考:神戸新聞NEXT 2026年10月1日「三宮・暴走死傷 運転男性、体調急変か 同乗者『体が震え、急発進』」、同10月15日「三宮・暴走死傷事故 県警が運転していた58歳男逮捕」/自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律3条・5条、同法施行令/自動車損害賠償保障法3条・16条/民法713条/東京地裁平成25年3月7日判決
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弁護士 川手涼平(姫路駅前法律事務所 所属)
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