散歩中の親が車にはねられた。年金暮らしでも休業損害や逸失利益は請求できる?――加古川・姫路の高齢者の交通事故で多い3つの誤解
2026/10/26
夕方5時半、加古川市内の県道。日が落ちるのが早くなった10月の下旬、散歩から戻る途中の80歳のお父さんが横断中に右折してきた車にはねられ、太ももの付け根(大腿骨頸部)を折った。息子さんから相談のお電話をいただくのは、たいてい手術が終わった翌週です。
そして、ほぼ決まってこう切り出されます。「父は年金暮らしで働いていませんし、もう年ですから、治療費以外に請求できるものはないですよね」。
この思い込みで、本来受け取れるはずのものを受け取らずに示談してしまう方が、少なくありません。今日は、高齢のご家族が歩行中にはねられたときに相談室でよく聞く誤解を3つ、順に正していきます。
まず、兵庫のいまの数字から
兵庫県警の統計では、2026年8月末までの県内の交通事故死者は78人で、前年の同じ時期より18人多く、うち45人が65歳以上です。状態別でいちばん多いのが歩行中の32人(前年より14人増)、その32人のうち25人が65歳以上の歩行者でした。県警交通企画課の速報では、10月12日の時点で死者は96人(前年比プラス21人)に達しています。2025年の1年間の死者が98人で、統計を取り始めた1947年以来はじめて100人を下回ったばかりなのに、その数字に10月の半ばで追いついた計算になります。
警察庁も以前から、日没前後の薄暮時間帯の死亡事故は10月から12月に多いと注意を促してきました。姫路でも、報道によれば9月30日の夜、姫路市内の信号機のない市道交差点で歩行中の女性が右折の軽乗用車にはねられて重傷を負い(飾磨警察署)、10月8日には姫路市内の国道交差点で自転車の女性が軽トラックと衝突して亡くなっています。
秋の夕方は、歩く側にとってもっとも危ない季節です。そして、はねられた方の多くが高齢者です。
誤解その1「年金暮らしだから、収入の補償はない」
いちばん多い誤解がこれです。たしかに給料はありません。しかし、請求できるものは2つあります。
ひとつは休業損害です。お父さんが同居のお母さんのために食事の支度や買い物、庭の手入れをしていたなら、それは「家事労働」です。家事を担っていた方は、年齢にかかわらず、家事ができなかった期間の休業損害を請求できます。「主婦の休業損害」と呼ばれますが、主夫でも、80歳でも理屈は同じです。もっとも、年齢やお体の状態によっては家事の分担の程度が問題になるので、入院前にどんな家事をどのくらいしていたかを、ご家族が早いうちに書き留めておいてください。
もうひとつが逸失利益です。後遺障害が残ったり亡くなったりした場合に「将来得られたはずの収入」を請求するものです。後遺障害が残った場合は、年金は事故の後も変わらず受け取れるので、年金ではなく家事労働などを基礎に計算します。年金が効いてくるのは、亡くなった場合です。最高裁の判例により、ご本人が受け取っていた老齢年金(国民年金・厚生年金)は、死亡逸失利益の計算の基礎になります。一方で、亡くなった配偶者の分として受け取っていた遺族年金は基礎に含まれない、というのが判例の立場です。法律は、年金を「その人の収入」として扱うかどうかについて、意外に細かいのです。
年金の部分は、生活費として使われるはずだった分(生活費控除)が給料より大きめに差し引かれる一方、期間は平均余命までで計算します。年金額をそのまま年数で掛けた額にはなりません。それでも、「ゼロ」と「ゼロではない」の差は大きいものです。
誤解その2「高齢だから慰謝料は安くなる、後遺障害も認められない」
入院や通院の慰謝料、後遺障害の慰謝料、死亡の慰謝料のいずれも、慰謝料は年齢を理由に減額されるものではありません。80歳の痛みが40歳の痛みより軽いという理屈はないからです。
むしろ高齢の方の事故で気をつけたいのは、後遺障害の方です。大腿骨を骨折した高齢者は、手術がうまくいっても杖が離せなくなったり、入院中に筋力が落ちて歩けなくなったりします。骨折後の歩行障害や股関節の可動域の制限は、後遺障害の等級認定の対象になりますし、介護が必要になれば将来の介護費用も請求の対象です。
ここで保険会社がよく持ち出すのが「もともと膝が悪かった」「骨粗しょう症だった」という話で、持病の分を差し引く「素因減額」の主張です。年齢相応の変化を理由に減額が認められるかは、裁判でもよく争われる点で、カルテや事故前の通院歴を見ないと答えが出ません。保険会社の言い分をそのまま受け入れる前に、一度資料を見せてください。
もうひとつ、時間の問題があります。高齢の方は治療とリハビリが長くなるのに、保険会社からの治療費の打ち切りの打診は、若い方と同じくらいの時期に来ます。加古川市内の病院から転院してリハビリ病院に移った頃、というのが典型です。打ち切りを言われたら、主治医の意見を確かめたうえで対応を決めます。治療費打ち切りへの対応は、別のページで詳しく書いています。
誤解その3「横断歩道のない場所を渡っていたから、こちらが悪い」
横断歩道のない場所を渡っていた歩行者にも、たしかに一定の過失はつきます。ただ、歩行者と車の事故では、横断歩道の外であっても歩行者の過失は2割前後が出発点で、全額が否定されることはありません。夜間は歩行者側に5%ほど加算される一方、はねられた方が65歳以上の高齢者なら、歩行者側の過失を5〜10%程度減らす修正が入ります。さらに、車の側に速度超過や前方不注意があれば、その分も歩行者に有利に動きます。
相談でよくあるのは、相手の保険会社から「3対7でお願いします」と言われて、それが正式な決まりのように受け止めている場面です。保険会社の提示は交渉の出発点であって、判決ではありません。右折車だったのか、信号はあったのか、街灯はどうだったか。過失割合は、警察が作る実況見分調書やドライブレコーダーの映像で動きます。
加古川・姫路での進み方
加古川市や播磨町、稲美町で起きた事故は加古川警察署が、姫路市の南部なら飾磨警察署が実況見分を行います。相手の運転者は過失運転致傷罪(法定刑は7年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金)として送検され、ご本人やご家族は被害者として、処分の結果や刑事記録について知らせてもらえます。実況見分調書を含む刑事記録は、過失割合を争うときの基礎資料になるので、相手の処分が決まった後に取り寄せます。
示談がまとまらないときの訴訟は、加古川市・高砂市・播磨町・稲美町を含めて神戸地方裁判所姫路支部が管轄です。姫路駅から歩いて10分ほどの場所にあり、ご本人が入院中でも、ご家族が代わりに手続きを進められます。
入院中のご本人が動けなくても、ご家族にしていただきたいことが3つあります。ご家族の自動車保険の証券を確認する(同居の親族の歩行中の事故でも人身傷害保険や弁護士費用特約が使えることが多い)、事故前の生活の様子を記録しておく、示談書には判を押す前に相談する。この3つで、結果が大きく変わります。
私見ですが
高齢の方の事故でいちばん歯がゆいのは、ご本人が「もう年だから、これ以上は迷惑をかけたくない」と早く終わらせたがることです。保険会社の担当者は若くて感じがよく、電話で「このあたりで」と言われると、つい頷いてしまう。相談室で一緒に資料を見ながら「まだ請求していないものがありますよ」とお伝えしたときの、ご本人の意外そうな顔を、私は何度も見てきました。
年金で暮らしてきた80年は、賠償の計算では「収入ゼロ」ではありません。その点だけは、はっきりお伝えしておきたいと思います。
ご相談のタイミング
相談に向いているのは、治療費の打ち切りを言われたとき、症状固定の話が出たとき、そして示談書が届いたときの3つの場面です。中でも示談書に判を押してしまうと、あとから家事ができなかった分の休業損害や後遺障害の慰謝料を足すことは原則としてできません。届いたら、署名の前に一度お持ちください。
交通事故のご相談は、お電話 050-1792-6849(平日9:00〜19:00)のほか、受付時間外も自動応答でご用件を伺い、お受けできる場合は翌営業日に折り返しています。ご本人が入院中であれば、ご家族からのご連絡で構いません。初回の相談料は、無料相談のご案内をご覧ください。弁護士費用については費用のページにまとめています。
関連ページ:歩行者の事故/過失割合/後遺障害の等級認定/死亡事故のご遺族の方へ/主婦(主夫)の休業損害
参考:兵庫県警察「交通事故統計」(令和8年8月末)/兵庫県警察本部交通企画課 X 投稿「交通事故情勢10月12日現在速報数」(2026年10月)/神戸新聞NEXT 2026年1月6日・10月1日・10月8日/警察庁「交通安全白書」(薄暮時間帯の交通事故)/最高裁判所 平成5年9月21日判決・平成12年11月14日判決
----------------------------------------------------------------------
弁護士 川手涼平(姫路駅前法律事務所 所属)
住所 : 兵庫県姫路市十二所前町83
KS東ビル2階 姫路駅前法律事務所内
電話番号 : 050-1792-6849
交通事故に関するコラム
----------------------------------------------------------------------


